秒速5センチメートル

新海誠監督による劇場アニメーション『秒速5センチメートル』の実写化。奥山監督の前作であるアットザベンチが非常に好みの作品であり、ひとたちを捉えることに長けた人という印象があるため、実写化に即しての不安はまったくなかった。そしてその期待に応える良い映画だった。

新海誠作品に漂う、男女の関係性の気持ち悪さが撮影に引き継がれていたように思うし、独自要素もリメイクとしてうまく嵌まっていた。人物の動線や細切れのカット、顔に寄りすぎる演出はつまらなかったが、画面に2人を収めたシーンは生き生きとしていた。天体観測/火球を追うシーンなんてその最たる例で、その人をかたちづくる、かたちづくっていく根幹の瞬間を撮るのが本当に上手いなと思う。そして子ども時代の明里役の役者さんがすごかった。

そして何よりオリジナル要素が輝いていたし、解釈がうれしかった。止まっているように見えても進み続けていること。ありきたりではあっても彼らにとっての今まで人生の肯定が見えた。貴樹も明里も、感情を吐露するシーンがある。学生時代を見る限りでは、彼らは他人に簡単に打ち明けるような人たちではないのだが、飲み会のシーンのように、自分の過去と向き合うためのヒントになるような瞬間との出会いが幾度となく訪れ、少しずつ融けていったのではないか。そんな中で館長から、「君の言葉は切実だ。」や「ちょうど地球が一周する30年でちゃんと進んでる。(うろ覚え)」と、人の変化を認め、どんなに止まっているように見えてもちゃんと前に進んでいることが伝えられる。作中では少し時間が戻るがボイジャー1号・2号を貴樹と明里に結び付け、別々の方向へ旅を続けるが、お互いに見えない縁によってつながっているという解釈を示す。彼らはあの瞬間から、別の方向へ進み続けている。だからと言ってつながりが失われたわけではないし、その過去が思い出になるわけではない。そんな祈りがこもっているように見えた。